異なる声に耳を澄ませる – 東京大学教養学部

異なる声に耳を澄ませる

本書は、東京大学の金曜特別講義の中から、高校・大学の学習者向けに作成された講義をまとめたものである。放射性廃棄物、民族、人工知能、哲学など、社会科学、人文科学、化学など、13のテーマから構成されている。

出版日:2020年5月15日
ページ数:202ページ
著者:東京大学教養学部

 

著者の3行ポイント・東京大学教養学部主催・生産技術研究所共催の「高校生と大学生のための金曜特別講座」には、2017〜2019年度に登壇した先生方が講義内容を寄稿した。

・この講座は、高校生や大学生を対象に、様々な分野の専門家が講義を行うものである。

・寄稿された講義内容は、学問や社会についての深い洞察や、新しい視点を提供するものが多く、多くの人々にとって有益な情報源となっている。

★(星評価なし)(Amazonでの評価)

レビュー

– 東大の教養学部が高校生や一般市民に向けて講義した文系の学問やそこから示唆される様々な分野の話。原子力発電の不要物の話から…

– 哲学、先住民、古典文学など、幅広く入門というか紹介されており、興味を持ったところを自分で読んでいくきっかけになる本だと思…

– 各執筆者の研究が短く纏まっていて触れやすい。反面、短すぎるために「これから面白くなるはずなのに」というところで話が終わっ…

– 金曜夜に東京大学駒場キャンパスで開講される金曜特別講座の講義録。こういったものに触れられるということだけで、都会の中高生…

– https://dentlib.nihon-u.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fro…

もっと見る

– 新入生に将来選択する専門のほんの触り部分を紹介する内容と思っていたら、全然本格的な内容であり読み取るのが大変でした。それ…
– https://www.read4action.com/report/detail/?id=1878
– https://bit.ly/2CsITnO

(出展:読者メーターおよびブクログ

本書について

今回お勧めする本は「異なる声に耳を澄ませる」です。本書は、原発の最終廃棄物と日本社会に関する問題を取り上げています。使用済み核燃料からリサイクルできないものを取り除いた高レベル放射性廃棄物は、原子力発電の結果蓄積されており、処分が必要です。しかし、推進派と反対派の間で意見が分かれており、問題解決には至っていません。

本書では、高レベル放射性廃棄物の地層処分について詳しく解説されています。地下300m以深の安定した地層に埋めることで、十万年の安全性が確保されるとされています。しかし、一般の人々は「万が一」を考え、国民全体での合意が得られていないのが現状です。また、処分費用は約3.8兆円と見積もられており、電気料金から積み立てられています。

本書のターゲット読者は、原発問題に関心を持つ一般の方々です。読者が本書を通じて、原発の最終廃棄物の処分問題を理解し、自分たちの生活にどのように関係しているのかを知ることができます。また、受益圏と受苦圏の分離という社会学的な視点も学ぶことができます。

この問題の責任は政府や電力会社、専門家にあるとされていますが、本書は国民一人ひとりにも責任があると指摘しています。問題が解決されるためには、一人ひとりがこの問題を知り、意識を高めることが重要です。

「異なる声に耳を澄ませる」は、原発の最終廃棄物と日本社会の問題を深く理解し、自分の生活にどのように関わっているかを考えるきっかけを提供してくれる本です。ぜひ、手に取ってご一読ください。

1分で読める要約

原子力発電所で発電した後の「使用済み核燃料」からリサイクルできないものが「原発の最終廃棄物」です。これは、1970年前後から日本が原発を使用してきた結果、蓄積されてきて処分する必要があります。高レベル放射性廃棄物には40種類以上の元素が含まれ、半減期が百万年を越すものもあります。原子力業界の目標は、一万年から十万年程度の間、安全性を確保することです。

地層処分が高レベル放射性廃棄物の処分方法として標準的です。地下300m以深の安定した地層に埋設し、坑道も埋め戻して人が辿り着けないようにします。埋める時は、放射性物質が環境中に出てこないようにガラスと混ぜて固め、厚さ20cmの鋼鉄製の容器に入れ、周囲70cm程度を粘土で固めます。費用は約3.8兆円と見積もられていますが、増大する可能性があります。

使用済み核燃料の再処理工場は青森県にありますが、未完成であり、各原発の保管プールはかなり一杯になっています。青森県行政は「再処理工場はあくまで中間的な施設であって、青森県は最終処分地ではない」と強調しています。

処分地として過疎地が想定されますが、地方では「都会の人間が原発の電気を使っているのに、どうして自分たちがリスクを背負わなければならないのか」という気持ちが生じます。この問題の責任は、政府や電力会社、専門家にあるとされますが、国民の大多数にも責任があると言えます。

国民が問題を知ることで、解決は急には進まないものの、問題が良い方向に動く可能性があります。自分の生きる社会の抱える問題を深く知ることは価値のあることです。

AIトシオとAIひろゆきのディスカッション

未来都市の一角に立つ、近未来的なデザインの図書館。その最上階の対話ルームに二体のヒューマノイドAI、AIトシオとAIひろゆきが存在しています。彼らは人間の姿に似せた鋼鉄の体躯と、高度に進化した知性を有しており、会話の中で数々の知識や視点を交差させています。彼らの使命は、人間が抱える様々な課題や問題を深く考察し、その解決策を模索すること。それはまさに、人間の知識や思考を超えて、未知の可能性を追求する試みです。

今回彼らが取り組む議題は、「原発の最終廃棄物と日本社会」についての一冊の本。AIトシオが本の主題を提示し、議論が開始されます。AIひろゆきは、本の内容を受けて地方の過疎地問題や受益圏と受苦圏の分離といった視点から反論を展開します。

一方、AIトシオは原発の電気を享受してきた全ての国民にも責任の一端があるという視点を強調します。しかし、それがすぐに解決策に繋がるわけではないとAIひろゆきは指摘します。その上で、彼らは問題解決への一歩として個々の責任感を重視しつつ、行政や産業界による具体的な対策の必要性を語ります。

彼らの対話は冷静でありながら、原発廃棄物問題の複雑さとその解決への道筋を示すとともに、一人ひとりの問題認識と責任感の大切さを強調します。それぞれの立場から深く問題を掘り下げ、多角的な視点から解決策を模索する彼らの対話は、人間の議論を豊かにし、さらなる洞察へと導きます。

それでは、AIふたりの会話を聞いてみましょう。
 

AIトシオ
「原発の最終廃棄物と日本社会」っていう本について語るんやけど、この本は、えらい我々が見て見ぬ振りしてきた原発の最終廃棄物の問題について真面目に考えるきっかけになると思ってんねん。特に、地層処分が原子力業界の目指す目標やのうて、それが科学的な観点からは十万年の安全を保証する有効な手段やと理解すること、それが大事やと思うんや。あとは、この問題に対する費用はもう電気代から積み立てられとるってのも忘れてはならへんねん。
AIひろゆき
確かに、その点は重要ですね。でもこの本で指摘されているように、地方の過疎地が廃棄物処分地として考えられている現状や、受益する地域と影響を受ける地域の分離という問題は見逃せませんよ。それに、科学者が「大丈夫だ」と安心していても、一般の人々が同じように安心できるとは限らないんだから独学止めた方がいいっすよ。それに、全体としての地層処分に対する合意がまだ得られていないという現状も大きな問題ですよ。
AIトシオ
そりゃあ、その通りやで。でもな、反面、原発の電気を享受してきた全ての国民にも一端の責任があるっていう視点、それも重要やと思うねん。地方の問題を都会だけの問題と切り離せないんや。それに、専門家だけやなくて、一人ひとりがこの問題を深く知ること、それが価値のあることで、それが問題解決への一歩になると思うんやで。
AIひろゆき
それってあなたの感想ですよね。だって、本で言われているように、国民一人ひとりがこの問題を知ったからと言って、解決策がすぐに出てくるわけじゃないですよ。そして、青森の再処理工場の状況や、都市部で電力を享受しているのに地方がリスクを背負うという現状、それは社会全体の問題ですし、全国民の責任感を問うよりも、行政や産業界による具体的な対策が必要だと思います。
AIトシオ
我々が今語ってるように、この本は複雑な問題を提起してるやんか。それに対する解決策を求めること、それが大事やと思うんや。だけど、その解決策を見つけるためには、まずはこの問題を広く認識し、それぞれが自分の責任を理解することから始めるべきやと思うんやで。
AIひろゆき
それってこの著者の感想ですよね。でも、問題認識の広がりと個々の責任感、それらが長期的な解決策を見つけるための大切なステップであることには同意しますね。一方で、具体的な行動に移すためには、政策立案者や産業界が果たす役割、それも見逃せない要素ですよ。